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イージーマネー(snabba cash)映画 ネタバレ解説

話は戻って、ムラドというベオグラード出身の用心棒は、怖いもの知らずなヤクザだが、娘を預かることになり、最後の仕事で足を洗うことを決意し、仕事が終わればベオグラードへ娘と帰ろうとしていた。
だが、裏切り工作を仕掛けたムラドが、今度は雇い主の裏切りにあい、窮地に追いやられる。仲間の犠牲により、逃げ道を得るが、ホルヘの運転する車にひかれてしまう。うつ伏せるムラドにヨハンは銃弾を撃ち込み、ホルヘに逃げるよう促す。主たる人物たちが一同に会するのはこのシーンだけである。
撃たれる前にムラドはヨハンに命乞いをする。「娘がいるんだ」。またヨハンはホルヘに「逃げろ」という。これらは重要な台詞である。「娘」も女であり、「逃げろ」も妹に会いに行け、という意味をもつ。
このストーリーの外郭は、ろくでもない男たちを取り巻く女たちで築かれている。母親、妹、姉、恋人、娘。世界中の男にとって、これらの女ほど親しい女はいるだろうか。ホルヘだけは幸せに暮らしているというラストのメッセージがあるのは、彼は結局、金よりも家族を選択できたから得られた結果、という示唆があると感じられる。
結局男たちは金を選ぶが、すべて失敗に終わる。女(家族)を選べば不運は免れたかもしれない。だが男たちは全員、ヤマを選んでしまうのだ。
ヨハンは金ではないもうひとつの選択をして刑務所行きを覚悟する。情を選択したのだ。情は問題だ。情に棹させば流される。そんなことは百年も前からわかっていることだ。
逃げろ、とヨハンが言ったのは罪悪感とか情とか入り交じった心情からだったろうが、置く深いところでは「諦め」に似たものが大きかったのではないだろうか。「諦め」についてはこのあとでまとめよう。

この映画での女たちの存在はロマンスや涙のためではない。女たちは、男たちがなにをチョイスすべきかという真のテーマを構成するための柱である。
映画内のロマンスが中途半端だとか思われる人も多いかもしれないが、そんなことはまったく感じなくていい。男たちが失うものの大きさと、目の前にあるようで、実は存在しない「金」を知ることができるための対比になっていれば十分なのだ。

女たちの中でも、ヨハンの姉は姿も見せなければ、行方不明という設定なのに、存在の重要度としては一番重要な女である。形として現れたのはヨハンの腕に彫られた入れ墨の「名前」だけだ。おそらくだが、ヨハンの行動の動機のすべてが、姉の存在と失踪に関わっているのではないかと思える。根拠はない。ブルーワーカーの家庭に生まれ、姉はコンプレックスを抱き、家を出た。弟のヨハンはそれを知っていて、貧乏から抜け出せば姉は帰ってくるとでも思っていたのではないだろうか。こんなことは分からない。ただの想像だが、どうしてもヨハンのもつ上昇志向への強い動機が欲しくなる。それを考えあぐねていくと姉の存在をフックにするしかこのストーリーには取っ掛かりがない。動機はなんだっていい。とにかく想像力を膨らませて観衆各々がヨハンの動機を考えなければならない。

念願である上流階級の女性から想いを寄せられていても、ヨハンには心から喜べないものがある。上流階級の生活を心底欲していたかというと、そうではないんだろう。姉が最大の気がかりなだけで、上流階級という自分と違いすぎる美人になにを言われても、現実味を持てないのではないだろうか。ヨハンの友達が「うちの妹はやめておけ、君とは生まれが違いすぎる」と言ったときに本当はすべてを知り、諦めなければならなかった。何気無い台詞だが、痛烈である。
逃げろ、とヨハンが言ったとき、すべてを諦めたのではないだろうか。なにをやってもダメなんだと。この人生から抜けだせはしないのだと。もしここで諦め切れていなければ、面会のときに女にまだ自分の親は外交官である的なデマで「僕も想っていたんだ」と言えたかもしれない。そんな嘘も言う必要がないほど諦め、悟っていたんだろう。
しかし、どんなに諦め切っていても、姉のことだけは切ることの出来ない縁で結ばれている。
女とヨハンがギャラリーで話すシーンがある。姉の話をするまでは得意のデタラメばかりだったが、姉の話を始めたとき、カメラは作品に映りこむヨハンに向きをかえる。鏡に映りこむのは真実だけといったところだろうか。アートを鏡と置き換えているのはシャレているだけではないだろう。映画もふくむ芸術がもつもうひとつの真実性を映しているような気がする。
映り込みの中にいるヨハンは真実を語る。
「姉は生きていると信じている」
映り込みのなかでキスをするその想いは本物だということだろう。

そして、姉を思う気持ちからかうまくいかない人生を選んでしまったヨハンは、ホルヘとは対照的な、つまりシーソーように底辺のさらに底辺に落ちてしまう。一方、ホルヘは刑務所から脱獄をしたが、その脱獄は堂々巡りな人生から選ぶべきものを知り、地獄からようやく脱することができたと見てもいいだろう。その選ぶべきものというのは、このストーリーでは、親い女性のことなのだ。

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